検察官といえば正義を体現するものとしての期待があるが、実際はそれととは大きく乖離しているのが現状である。
正義や真実よりは面子をお重んじるというのが実際のところ検察の行動原理である。今問題となっている再審問題で不服申し立てにこだわるのはその典型である。
自らが有罪として起訴し有罪判決を得た行動結果を否定したくない。間違いは認めないというのが検察の行動原理である。新しい証拠が発見され再審無罪が確定した事例においても検察は不服申し立て実施し、再審無罪判決の時期をお大きく遅らせている。
また、自らの描いた絵と異なる証拠を隠す等の事例も少なくはない。真実を客観的に判断するより、起訴すれば必ず有罪とするという自らの面子を優先しているかの事例が多くみられる。
今回の不服申し立てにしても、本来であれば再審裁判の中て根拠を示し主張すればすむ話であり、殊更不服申し立てで裁判の時期を遅らせる意味はない。
検察は独善的な態度を改め、真実と正義を追及するという原点に返りもっと謙虚に行動すべきである。
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