今日本では格差の拡大が指摘され、肯定する立場や否定する立場から様々な議論がなされている。ここではまだ、能力がなければ貧困でもやむをえない。貧困は本人の責任である。というような能力主義や自己責任主義の亡霊が幅を利かせている。維新の会などはこの立場であめると思われる。
少し観察眼があればわかることだが、能力不足や自己責任に帰すことのできない貧困は社会には多く存在する。地震で家と職を失い、貧困に陥ったなどというのはその典型であるが、他にも会社が倒産したり、会社都合で解雇されたり、親の介護で会社を辞めざるをえなかったり、病気になる等、本人の責任に帰すことのできない貧困は多く存在する。
それらを運が悪かったの一言で片づけてしまうことは、結果的に社会全体として大きなマイナスになる。貧困の増加は他人事ではなく、結果的に我々自身に跳ね返ってくる。
格差が拡大し貧困層が増加すれば、それが子供の世代でさらに拡大する。すでにそうなりつつあるが、このまま放置すれば、古き良き日本社会の美徳は失われ、アメリカのような荒んだ社会に陥ってしまうことになる。
不幸にも貧困に陥った者に対しても、そこから抜け出す支援策を講じると同時に、その間ある程度の生活を維持できる制度を整備すべきである。
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