安倍政権の悪口を言うとキリがないぐらいに材料があるが、私が安倍政権で唯一評価するのは、小泉政権から始まった政治主導を確立したことである。
元々日本の政治では事務次官等会議で調整がつかなかった案件は、翌日の閣議に上程されない慣例があり、行政分野でも官僚の総意に反して行動することは不可能であった。この意味でかっての日本の政治は国民に選ばれた政治家によるものではなく官僚によるものといっても過言ではなかった。
また、内閣は行政の実務を担う官僚に対する人事権を持っておらず、この点でも政治は官僚の独走を阻むことが難しかった。
小泉内閣以来、政治主導のスローガンの下に事務次官会議を廃止しすることで閣議への官僚の干渉を排除し、安倍内閣において内閣人事局を作ることで官僚の人事を内閣の管理下におくことに成功した。
これは国民が選んだ政治家が行政を差配するということであり、民主主義と国民主権ということでは大きな前進である。
しかし、現時点ではこれのマイナスの側面が注目を浴びている。森加計問題に始まり、桜を見る会、さらには検察官の定年延長問題と、政権中枢が関わる問題が表面化すると、関連する公文書を改ざんしたり、廃棄したり。揚げ句の果てには法律解釈を強引に変更したりする官僚による政権への忖度である。
政治主導が忖度を招く原因である、という主張が勢いを増し、せっかく獲得した政治主導・国民主権を元の官僚主導に戻そうという動きが勢いを増している。
安倍政権には確かに問題がある。権力を持つ者はその行使に最大限の注意をはらうことが必要だが、安倍政権は安易にそれを用いることで様々な問題を引きおこした。
しかし、それは政治主導を否定するものではない。国民のするべきことは政治主導を正しく活用し国民の為に政治を行う政治家を選ぶことであり、決して国民の権利を再び官僚に委ねることではない。
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