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2017年01月17日

日本社会が歪めている企業と従業員の隠微な関係性

日本における企業と従業員の関係性には不健全な独特の隠微さがある。この点は明確な契約原理に基づく欧米の雇用関係とは明確に異なる。

日本でも労使は対等の立場による契約で成立する契約関係であることが建前となっている。


しかし、その実態は建前とは異なることは就職した経験がある者なら誰でも理解している。日本では対等の労使関係はありえない。

昨今問題視されている電通での過労死などは、この日本独特の不健全で隠微な労使関係に起因している。

日本の不健全な労使関係の中では、企業の意向は個人の生活よりはるかに重要なものとされている。個人の為の生活をほとんどできなくするような深夜に及ぶ長時間労働、家族の生活を大きく変化させる遠距離への転勤強要等、従業員の生活は企業の一方的な意思により簡単に破壊されてしまう。

日本における労使関係では、従業員は自分の生活時間も居住の自由もない。すべては企業の意思に依存していることになる。

これは非近代的な封建時代の主君と家来の関係に類似する。

企業内で近代的な労使関係が成立ているなら、健康を損ない命に係わるような長時間労働が常態的に維持されるはずはない。

社命に逆らえば、望まぬ地方に転勤を強制され、あるいは望まぬ職に左遷され、または解雇される等の不利益を一方的に被るような力関係があるからこそ、命の危険を感じても従い働くのである。

そして、たまたま死ねば事件化され社会の注目を集める。その下には死なないので事件化はしないが、体を壊し、あるいは家庭が崩壊した、多くの従業員の悲劇が表面化しないまま眠っている。

企業と従業員の関係がこれほど不健全で隠微なのには、日本社会の雇用に関する特殊性が影響している。

その一つは学校卒業後に一斉に就職するという慣習である。新卒時に就職に失敗すれば、途中で採用され新卒入社組に追いつくのは非常に難しくなっている。非正規社員では待遇面で正規社員には大きく劣る。

また、日本では就職ではなく就社が一般的であり、従業員の専門性が評価されず、能力評価のシステムも整備されていない上に、中途採用市場も十分に整備されておらず、一部の例外を除き再就職では以前と同様の待遇を得ることは難しい。

新卒で採用されるまでは企業も学生も対等の立場で選択できるが、一旦企業に入ってしまえばその力関係は圧倒的に企業が有利になる。

この圧倒的な企業の力と、個人の生活よりも経済合理性を優先する社会風潮が、過労死や単身赴任せざるを得ない転勤による家庭崩壊をもたらしている。

日本人が幸福感を感じられない原因の一つがここにある。





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posted by ドクター国松 at 10:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本企業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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