組降板に追い込まれた。
実にバカゲタ話である。
20歳を過ぎた大人の行為の責任は本人だけが背負うべきで
あり親には何の責任もない。
マスコミや一部のバカな国民は親の教育が間違っていたから、
子供が犯罪を犯したのであり、子供がいくつであろうが親の
責任は免れえない、と根拠の無い理屈を述べる。
大きな間違いである。
日本では子供に価値感を明確に示し、その意図通りに子
供を育てることのできる人間はほとんど存在しない。
子供が新聞で騒がれるような犯罪者にならなかったのはただ
運と子供の資質の問題であり、親の影響など微々たるもので
ある。
その理由は簡単である。第二次世界大戦での敗戦後、日本人
はその根本となる生き方を見失なったからである。
過去の日本人の価値観を失い、それかといってキリスト教
的な西洋の価値観を受け入れることもできず、独自の価値観
を作ることせず、ただ生きることに汲々としてきた。
そこにあるのは日々を安逸に過ごすことであり、そのために命
を捨てることのできるような価値観ももつことができていない。
そのような親がまとな生き様を子供に示せるはずもなく、そのよ
うな親に育てられた子供もまたしかりである。
今の日本の親で、子供に社会の影響を取捨選択し、自らに
とって本当に価値あるものを見抜くことのできるだけの眼力
と信念を与えることのできる者は稀である。
多くの日本国民は大人になった子供の行動にまで責任を負う
だけの能力は無いのである。
それでも、子供の全生涯に親が責任をとらねばならないと
すれば子供をつくるという行為は大きなリスクをしょい込む
ことになる。
そもそも現在社会において、個人にとって子供をつくるメリッ
トはほとんどない。
家を継ぐということが重要でなくなり、子供に老後の面倒を見
てもらうことを期待することができなくなった現在、子供をつくる
ことは多額の費用をかけた道楽以外のなんでもない。
子供一人を大学までいかせれば、その費用は3000万円以
上かかる。これだけの資金を子供につきこみ子育て失敗の大
きなリスクを背負うくらいなら、子供などつくらずその資金を自
分のためや老後のために使う方が余程合理的な生き方である。
成人した子供に対する責任まで親に負わすようなことをやって
いれば、少しでもリスク計算のできる人間は子供をつくらなくなり、
子供をつくるのは何の計算もできないバカばかりになりかねない。
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