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2010年08月14日

終戦という欺瞞

8月15日の終戦記念日が近付くと、戦争の話題がマスコミで取り上げられることが多くなる。

終戦記念日とは、昭和20年(1945)8月15日に第二次大戦終結したことを記念する日であるが、
敗戦ではなく終戦としたことが、今日の日本の戦後をゆがめたことは間違いのない事実である。

敗戦記念日と終戦記念日で大違いである。
敗戦記念日をずっと心に留めておくことは、リベンジを心に秘すことである。
典型的なのは、長州藩で毎年正月には幕府への怨恨を確かめる儀式を執り行っていたと伝えられる。

一方、終戦記念日となると、戦争が終結したことを祝う意味合いが強くなり、当然戦争を引き起こした日本
の行為は無条件に否定すべきものとなる。

そこには、戦勝国であるアメリカに対する批判や不満は抑圧されてしまっている。
現在に至るまでアメリカの植民地状態で何の疑問も感じない多くの日本人をつくった原因は、敗戦の事実に
直面せず、終戦という言葉で表面を取り繕ってきたことにある

終戦という欺瞞に加えもう一つの心地よい欺瞞が追加される。
すなわち、戦争に導いたのは一部の軍人であり、大半の日本国民には責任はない、という嘘である。

その結果、戦争の責任はすべて日本の軍部に帰され、国民の責任や、当時の世界情勢、連合国側の
行動を客観的に分析し、戦争の原因を探る努力はおろそかにされている。
大空襲や原爆で大量の一般市民を虐殺したアメリカに対し、日本人から批判らしい批判がでないこと、
これは異常な姿だということに、日本人はまず気付く必要がある。

日本人は、戦争責任を自分から切り離し軍部だけに押し付け、敗戦を終戦という言葉でごまかした
時点で、アメリカに対する一切の不満や批判を無意識のうちに抑圧してしまった。

もう一度言うが、武器を持たない同胞を何十万人も一方的に虐殺され、黙っている民族は世界中に
日本だけである。この異常さに日本人は気付かねばならない。

日本人が敗戦という事実を真正面から見つめ、タブーを廃して、第二次世界大戦について、徹底的
に検証することなしには、何時まで経っても日本は一人前の独立国に戻れない。

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posted by ドクター国松 at 18:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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