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2010年05月12日

能力評価の未成熟が日本社会をゆがめている。

日本の人事制度の欠点は能力評価ができないことだが、この欠点は日本の官僚組織に
おいて特に顕著である。

中央官庁では、人事は入省時の国家試験の種類と入省年次によってほとんど決定され、
個人の能力ではこの壁を超えることができない。

この不文律の結果、次官競争に敗れたキャリア官僚は、後輩の部下になることなく、関連団体に
天下ることになる。

天下りを廃止するという目的を達成するために、新規採用を4割削減する、というのが日本的
解決である。

誰でも考えるとおり、能力のある人であれば出世レースで負けた後、何処からでも引き合いが
あるはずである。

最高学府を出て、難しい試験に合格し、国家の運営に携わってきた人材であれば、本来どの
民間企業でも欲しいはずである。

ところが、現実は企業が彼らに期待するのは出身官庁との繋がりだけであり、個人の能力への
期待はそれほど高くない。

実際問題、日本では組織内の人脈や人間関係といった、組織内でしか通用しない要素で評価
されており、客観的な能力評価がされていないため、個人の能力が客観的に評価されておらず、
その組織内で有能でも、他の組織で同様に有能か否かがわからない。

結果として、優秀なはずの日本のエリート官僚は外部からのスカウト対象にならず、天下りで
なければ組織内での飼い殺し以外に道はないのである。

飼い殺をするのに、高い地位に留め高給をはらい続けるのは、国民負担が大きすぎる。
同期が次官になれば天下りする、という慣行があるということは、それ以外の者は省を
離れても、仕事に支障が無いということであり、この慣行を尊重するとすれば、同期が
次官になればそれ以外の者は役職定年し管理職としてのラインを外れるのが筋である。

積極的に外部に職を求めるか、役職定年者として薄給に甘んじるか、民間企業は既に
こうなっており、何も官僚だけがいつまでも役職にしがみつき、若者の職を奪う必要はない。

日本の官僚組織も、もっと民間と双方向の人材交流を行い、客観的な能力評価ができる体制を
整備すれば、優秀な官僚は年齢に関係なく、いつまでも国家に貢献し高給を得続けることが
できる。

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posted by ドクター国松 at 14:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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